京都祗園の祭礼にならって鉾山に改造され、高岡関野神社の祭礼日に神輿とともに曳廻されてより以来、今日に至るまで高岡の発展とともに継承されてきました。
御車山は御所車形式に鉾を立てた特殊なもので、高岡町民の心意気と財力に支えられ、格式を保ち高岡の金工、漆工、染色などの優れた工芸技術の装飾が車輪や高欄(こうらん)、長押(なげし)等に施された日本でも屈指の華やかな山車です。
加賀藩二代藩主・前田利長より御車山を拝領した10町を山町(やまちょう)筋と呼び北陸道に位置する、山町は御馬出町、通町、守山町、木舟町、小馬出町、一番町、二番町、三番町、源平町、坂下町で構成されおり国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。
毎年5月1日 午前11時から午後6時この山町筋を御車山が練り歩く。
御車山の源流とは?
御車山の中央にそびえる心柱とその先端の鉾留は神が降臨するための目印であり、花笠は祭壇に飾られた花々、そして人形は心柱を伝って降りる神の形式と言われている。
古代の日本人は臨時の祭壇(築山)に神を迎えて一年の豊作を祈願しました。毎年4月23日、二上射水神社で行われる築山行事にこの古代信仰の形態を見ることができます。御車山は、この築山に車輪をつけて移動できるようにしたものであり、築山行事から発展したもの と考えられている。

