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2010年11月19日

秋晴れ!

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今日は秋晴れ、サイ高の天気です、立山も綺麗。
明日の仕事が恨めしい。

  〜 サイ わーい(嬉しい顔) 〜


posted by ハラショークラブ事務局 at 15:49| 富山 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やっぱ神戸より、立山連峰の富山湾がええね、
ほんま、富山県人やということが誇りやちゃ
サイちゃん明日も仕事か、がんばらっしゃい!!!
首にカイロまつけて、はっさくったら血圧もなつけんちゃ。
Posted by かんぽ at 2010年11月19日 15:54
一昨日の東海自動車道のヒルガノ付近でマイナス2度。しかし、星はきれいでした。
今朝のオリオン座もきれいでした。

仰ぐ立山連邦と伏高健児のテーマソング。
Posted by サイ at 2010年11月19日 20:15
安らぎとか
真実とか
いつも求めてたけど
言葉のように
簡単には
うまく伝えられずに

もう一度思いだして
あんなにも愛したこと
"アリガトウ"が言える
時がくるまで
Say good bye…
残された傷あとが
消えた瞬間
本当の優しさの
意味がわかるよ

過ぎた日に背をむけずに

ゆっくり時間を感じて
いつかまた笑って
会えるといいね

(Time goes by 抜粋)


Posted by かんぽ at 2010年11月20日 02:23
マコさんの前の会社も豪勢な慰安旅行(今は研修旅行か?)やったがやね。
船の旅もいいかも。

最近はデジカメも持ち歩かず(重たい、歳かね)専ら携帯電話カメラから。

昨日の朝は2度代と寒い日でした。
今朝はそんなに寒くない。今日は倉庫で力仕事。
Posted by サイ at 2010年11月20日 06:44
わしは、慰安旅行とかは25年はしたことないです、いつも出張ばかりでした。
時たま夢をみるのは、10代20代の頃、商社の荷物受取代表でアムール河口へ木材船で行ったことで、いまも 昔川を遡上するとき両岸が絶壁の黒い岩が続いていたことを夢で思い出します、あの不安はいまも残っている。 先日読んだチェーホフのサハリン紀行のアムール川を船で渡る時のさまの記述にまざまざとあの頃の不安を思い出しました。 木材を積んだあとアムール川を下りサハリンの北側を回りそしてまた津軽海峡を潜り抜け日本海に入り、日本海の港に入港します、そうなんですサハリンをぐるり一周するんだわ、サハリンを一周し日本へ行くのに5日間かかりました、飛行機だと2時間でいくのにね。 今は、そのアムール下流の港もほとんど閉鎖して、外国船も入港禁止になっています。

わしは中学校の時右耳中耳炎で頭蓋骨を削る大手術をしていたので高校時代のスポーツも耳に響き実は辛いところがありました。 会社に入って、船に乗った時は船の平衡感覚に慣れず船の中ではゲロはきながら仕事して、つらかった。 陸に上陸しても1週間は元に戻らんのです。 会社の連中には船酔いに弱いといわれて笑われましたが、わしは耳の手術のことは絶対言いませんでした、そんなことを理由にしたくなかった。 
思い出すのは遠い昔のことばかり、さっきの昼飯を食べたことをうっかり忘れるのにね。
Posted by かんぽ at 2010年11月20日 19:35

牛にあらず二上山の眠るなり

(前田普羅 作)

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〜前田普羅 経歴〜

明治17年(西暦1884年)、横浜生まれ。
大正13年5月、報知新聞富山支局長として富山に居住を移す。
昭和20年8月の富山空襲で一切を焼失。以降は定住地なく富山県下漂泊の人生を送る。
昭和29年(1954年)東京にて没。
Posted by かんぽ at 2010年11月20日 21:11
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