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2010年08月26日

母のこと

IMG_0002-RRR.jpg

母は睦子という、知らない人は、ムツコと呼ぶが、
母の父君が、睦子と書いて、チカコと名付けた、近所の人はムツコムツコと呼ぶが、
わしは、なんでチカコなのか?と祖父に詰め寄ったことがある。
祖父は、支那の言葉で「睦」というのは、親睦という意味で、お互い誓うということ、
睦(ちか)いあう意味から、睦子(ちかこ)と名付けたと言っていた、あと
漢文のなんとかからも引用し言っていたが、わしにはさっぱり理解不能だった。
親睦の「睦」でちかい合う子、これで今年米寿なのだからやはり祖父の命名は正解
だった。 母の姉(わしの伯母)は90になるのに広小路でこれまた おふくろに輪を
かけたくらいにお元気だ、名が 「孝」という、たかし ではない、これ一文字で 
タカコと呼ぶ、これまた難解な命名をしたものだが、長寿で、祖父の命名は大正解だった。

この写真は大牧温泉じゃなかったかと思う、窓の下は大きな庄川でとても怖かった
のを覚えている。 母とは30違うから、この頃の写真は母が33歳ぐらいか?
母は、大正12年生まれ、富山市倉垣村布目(今の富山市布目)に住んだ、当地は八町米で有名。
出身の倉垣小学校は今もあり創立137年、同窓生では一番古いらしい、地鉄の電車駅八町駅で
切符切りをしながら和裁を習っていた、もともと祖母(キク)は和裁の先生をしていて、
母もまた和裁の先生をやっていた、つい最近まで和裁の仕事をしていた、
そのためかボケないのかもしれない、
よねずまに嫁に来てからも和裁の教室を開きながら田んぼをやり、
この写真のころから下駄屋をやりだしていた。
この頃から50年以上、あっという間だった、アッと言う間。

親不孝ばかりでなんもできんが、せめては親より先には死なないようにはしたいのだが
どうしたものか。
posted by ハラショークラブ事務局 at 11:55| 富山 ☀| Comment(11) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする